<一口メモ>
猫背が悪化しました。
・・・・・
「おかえり!惜しかったね、...でも、これでとりあえず1台は小型車クラスでのアジア行きは決定ね!一緒にガンバロ!」
小型車部門が終わるとの同時にサービスパークに帰ってきた泥だらけの長崎を千歳は笑顔で迎えた。しかしシュンとした長崎の傍らにはシエラの姿はない。
「バシャン! ズザザザァ...」」」
大きく水しぶきを上げた。車体の2倍程はある水しぶきだ。勿論周りで見ている観客及び生徒にもその飛沫は飛ぶ。
「オイ!あんな入り方したら駄目だろ。」
他校の生徒がそう叫ぶ。しかし長崎は速度を緩めさせようとしない。ただただ、アクセルを踏み続ける。車体は彼に従って前へ前へと進む。奇跡的にエンジンブローは免れた。しかし、池から上がってきたシエラはグリルの破損やナンバーの捲り上がりは勿論、バンパーまでもがひしゃげ、如何に水の力が分かるものだ。
マッドステージの中間に差し掛かる頃には理性を失い、本能だけが頼りのような状態になっていた。悲しいかな?そのような状態になった人間には神や佛は決して幸ではなく、不幸というものを下す。もし神や佛というものが存在しなかったとしても、理性を失った人間は不幸が必然的に降りかかるものなのである。
「ガツン!」
デフ玉が泥に埋もれ見えない岩に当たり、前進できない。しかし今の長崎に後退などという言葉はない。どんな壁はあったって突破する事だけが戦法としてあるだけなのである。ただ、一向に車体は沈んでゆく、、、銀の塗装面は完全に埋もれ、次第に冷却水の温度も上がる。
『14番、ジムニーシエラ 走行不能』
会場内に仮設スピーカーの音が響く。
その後、ボロボロになった車体は他校の車に引っ張られ泥から抜け出した。ナンバーは勿論のこと、バンパー諸共ひしゃげ、グリルにはヒビが入っている。車体は如何に泥に深く入ったかが分かる。今まで、この部に入部し、資格を取り、思い出をつくってきた長崎には受け入れ難き光景であった___
「あっ。これ、インスタントですよ。簡単です。」
と、咲は巣鴨を見上げる。一瞬上目遣いになり、ジャージを着ない体育着姿だっったものだから、服の間から少し胸元が見え巣鴨はすこし顔を赤めそうになった。
「そうか、じゃあ逆に自分は迷惑かけるかもね。料理なんてロクにできたものじゃないからサ。後ででも良いんだけど俺は少しやることがあるから。」
と、少し咲と目線をそらしながら云う。
「あっ。そうですか。じゃあ由紀ちゃんと二人で作っときます。」
もう既に黙々と米を研いでいる京子を見、そう云った。
「じゃあ、宜しく。」
と云い銀雲の下に雑に停めてあるジープの方へと走っていった。それと入れ替わるように千歳と一年の二人が帰ってきた。千歳は料理を作っている咲と由紀に近づき云う。
「あれ?レトルトだったの?」
「そうです。因みにご飯もレトルトです。長崎先輩が帰ってくる前にはできます。多分。」
と、銀のパックが揺れているのを見ながら京子が答える。沸騰はしているがまだパックは入れて間もない。それから5分もするかしないうち___
巣鴨と駒込が今回のコースや天候について話し合っている頃、由紀が咲にどうやって沸騰している水からパックを取り出すのか分からなくて嘆いている頃、千歳が色々とこの部の過去の出来事等を一年の要と大塚に話している頃、仮設スピーカーの雑音が混じった声が鳴り響いた。一瞬場が静まる。しかし、千歳はすぐに少し笑ったような表情で口を開いた。
「多分池か泥でやらかしたんだろうな。長崎は本当に水に弱いから。まあ、後輩がいるから良いか。問題ない。」
「良くもそんなことが云えますね。先輩。結局自分達に全部のしかかるんですよ。先輩はもう出場確定な成績を残していますが僕たちにはそれがとても困難です。」
普段は目上、目下の人間とは話さない駒込が珍しく口を開いた。しかし、相変わらずの刺々しい口調で云うのは変わりない。
「それって、自分に自信がないって事?」
千歳も駒込と同じように刺の入った口調で反論する。それに対し、また反論である。
「勿論自信はあります。なければバックレてますよ。しかし、出場枠に入るのには元々の母体数が大きく困難であることは分かっていますよね。しかも俺の運転するランクルじゃスタックしたら一貫の終わりです。ジープならまだしも、ランクルじゃスタックしたらそこで終わりなんですよ...」
力を入れて駒込は云った。しかし千歳は冷静な表情を保ったまま云う。
「じゃあさっきのアナウンス、なんて言った?」
少し黙り込んだ駒込であったがにやりと表情を緩めた。
「あの人は下手なんですよ。先輩が云ったように。水辺じゃ下手なんですよ。」
「おい。貴様、先輩に対して、、、自分自身を助けてもらった相手に何云ってるんだよ。この無礼者!」
今まで冷静に二人のやり取りを聴いていた巣鴨が駒込の襟を掴む。それを見た周りの人達はそのまま凍りついたままだ。
「巣鴨君。その手を離しな。」
固まった空気がその凛とした声で動き出す。
渋々巣鴨は駒込の襟元から手を離した。
「じゃあ、その下手な先輩とやらに上手な君の走りを見せてあげなよ。」
「分かりました。ではそうしましょう。」
そう云うとランクルに乗り込みエンジンをかけた。横から声が聞こえる。
「どこに行く。まだ俺らが出るクラスにも回ってきていないし、昼飯もまだだろう。」
巣鴨の声だった。
「別にいーだろ。少し一人でいさせてくれ。飯は外で食う。」
少し遠くを見つめ云った。
「バックレるなよ。」
駒込は反応もせず、その場を立ち去った。巣鴨はそんな後ろ姿を唯唯立ち止まったまま見つめていた。そこに、「飯はどうした」と訊けずにいた咲が駆け寄って、
「あの...駒込先輩、要らないんですか?昼食。もし必要ならとっておきますが。」
と訊いた。
「いらないみたい。それより雨降り始めたから戻るぞ。濡れて風邪引くのは嫌だろ?」
と、急いで傍らにきた咲が手に持っていたしゃもじを見ながら答えた。
<休憩!>
今回の話では活躍は殆どありませんが、下の絵のキャラが主役の千早咲となる感じなので、そこら辺宜しくお願いします。
・・・・・
「雨だ」
一人、コンビニで買った最近崩れやすくなったと思っているおにぎりを食べながらディーゼル音のやかましいランドクルーザーの車内で呟く。しかしその声はあっという間に前方の音にかき消された。
駒込は独り考えていた。というよりは悩んでいた。千歳橋が何故あのような云い方をしたのか駒込自身、入学以来世話になっているだけあり分かるのである。しかしそこが彼の一番の問題であった。千歳橋の思惑に従うか背くか。それは本気を出すか出さないかの選択肢だ。ガラガラとしたディーゼル音が身体に響く。
「もうお腹いっぱい。」
そう云い咲はスプーンを置いた。
「咲ー、もうちょっと食べなきゃダメだよー。いつまでも背の順前の方だよ。」
由紀はスプーン片手に咲が持っている紙皿を見て云う。そう言われ咲は聞き飽きたような顔で
「私はこれでいいの。十分。お父さんの仕事が林業だからそんな贅沢してらんないっていうのもあるけど...今のところ健康だし、大丈夫。」
と云ったら由紀は響く声で
「それじゃダメだから私は云ってるの!自分は健康だと思っていても実はそうじゃなかったりするものなんだよ。咲ん家は咲がいなくちゃ駄目なんだから。ね?」
咲はあまり表情を変えず云う。
「心配してくれることが有難いけど、そんなマジになっていう事かな...?」
すると由紀がにこやかな顔で、
「じゃあ、ふざけていう?」
「あっ...」
咲は嫌な予感を察した。
「咲さん咲さん。食べないと、いつまでも貧乳のままですよっ?」
嫌味を込めた笑いだ。
「なんちゃってヘッドロック!!」
「グハっ!」
由紀の首に咲の腕がまとわりつく。周りの部員も注目する。
「ギブギブギブ!すみませんでしたのでギブ!」
首から手を解く。
「なんちゃってじゃないよコレ。マジだよ!本格的だよ!」
由紀が大声を出す。
「まあまあ、これが山の人間の娘の本気とは思ってもらっちゃあ困りますな。あと、何度も云ってるけど私はこれからだから!」
咲はさっきから呆れたような表情を変えない。
「咲ちゃんのお父さんって林業してるんだ。だから力あるし、この前車持ってこれますって云ったわけか。」
千歳が会話に入る。
「いや、林業と力関係ないですよ。ヘッドロックは由紀ちゃんが大袈裟なだけです。私は力、弱いほうです。でも、持久力は結構あるって云われますね。
車は私がこの部に入るって云ったら父が使い古したボロっちいのを貸してくれるそうです。」
咲が由紀の頭をぐるぐると回しながら云う。
「「ボロっちい云うな!!」」
長崎と巣鴨が同時に反応した。
「えっ、ああ。はい。でも本当にボロですよ。錆びてますし。エアコン無いですし。形古いですし。」
戸惑った様子で答える。それに対し巣鴨は、
「千早さん。エアコン無いのは俺が今日乗ってきたあの一番デッカイ車も同じだし、そこに停まってる化石みたいな車も同じ。錆は相当酷くない限り直せるから大丈夫。ボロくない。」
「そうなんですか...?」
「えっ!エアコン無いの!?私死ぬよ!?夏!」
いきなり由紀が反応した。
「大丈夫だよ。風は入るから。」
「信号待ちダメじゃん!」
「耐えればいい。」
「流石咲は持久力馬鹿だねー」
笑いながら云う。
「馬鹿余計。少なくともあんたよりは頭良い。」
「はははっ!それは云えそう!」
千歳が目を細くし笑う。
「先輩!?」
「冗談冗談。この高校、それなりには上のほうだったでしょ。」
「はい。結構勉強しましたよ。咲の1.5倍はしたと...」
「いやいや、3倍でしょ。」
咲が首を横に振る。
「さっきから咲、私にばっか酷くない!?何を闘おうとしてるの?」
「なんだろうねー」
棒読みな口調で返答した。食堂テントのザラザラとした生地に強く雨粒が打ち付ける音がする。
「...話戻るけどさ、貸してもらえる車って「ジムニー」って云ってたよね?」
千歳が話を戻す。
「はい。そうですけど。」
皿を重ねながら答えた。
「ん~、ジムニーっつたって色々あるんだよねー。先ず軽?普通車どっち?」
「確かナンバーが白なんで普通車だったと」
「形は四角い?それとも此処に来たとき乗ってきたような妙に丸っこい形?」
「カックカクです。」
「そっか。絞れたって云っても4車種はあるから難しいな。巣鴨君尋問変わってくれる?」
「尋問なんですか?これは!?」
咲は目を丸くした。
「あーこれ、先輩のジョークだから気にしないで。良いよ。」
咲は頷いた。
「まず、色は何色?」
「白です。」
「もう2つに絞れた。」
「車の前の網は縦に入ったやつ?それともネットみたいな感じ?」
「縦柄です。」
「よし!分かりました!1型か2型か分からないけど、これは明らかにスズキジムニーSJ40です!」
明るい声でいうものの、長崎がほうと頷くだけであった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「結局先輩にそう云われ本気出すのがお前だよな。」
紺色の鉄板にもたれかかりながら半透明のレインコートを着た巣鴨は云った。エンジンの揺れが雨に強く打ち付けられている鉄板越しに身体に伝わる。
「まあな。それは認める。しかし、この道の状況じゃ、良い結果は出せそうにも無い。特に沼地はこの車にとっては最悪だ。」
駒込は遠くの地面を睨んだ。すると、巣鴨がランクルの重厚そうな鉄板をコツコツと叩きながら云う。
「まあ、良いじゃないか。この車はタイムの優遇措置受けられるし、なんせお前は長崎先輩と互角で争える技量を持ち合わせてるではないか。なっ?何も心配することはない。」
「心配?そんなん鼻っから無い。」
巣鴨はそう云われると笑みを浮かべた。
「云ったな。」
言葉を捨て、巣鴨は駆け足でその場を離れていった。「結局巣鴨までにも騙された」走り去ってゆく後ろ姿を見ながら駒込は悔しくとも、義務を遂行しねばならないという感情が沸いてきた。
・・・・・・・・・・・・・・
「「ゴオォォォ」」」
ランドクルーザーBJ46Vの3.4L、3Bエンジンの4気筒らしいドタドタといった加速の仕方だ。例えるならば巨鯨のようなBJ46は轟音を立てコーナー、モーグル(小)、坂を「ガラガラ、ドタドタ」と、音とは相応しくない快調さで越えてゆく。
重いトランスファーレバーを引く。車と彼の目の前に並ぶ関東ローム層の赤土のモーグルは、午後から降ってきた雨により少し滑りやすくなっていた。そこを轟音とともに、アクスルのバタつき易い40が「3点接地」を忠実に守り這行く。所々黒鉛を噴く場面もあったが、快調であることには間違えは無いだろう。
ヒルクライムでは一瞬、尻餅を起こすか否かな傾斜に見えたが、ミドル系列の中途半端さもあるのだろう。尻餅を起こさず目に見える煙ひとつ上げずに坂を登っていった。坂の上でT/Fをハイレンジに入れる。ある程度エンジンブレーキを利かしながら坂を下ると、遠くに水面が見えた。ストレートを全速力で突進した。一時的ではあるが、最高時速80km/hを越す。水面が次第に近づいてくると緩やかにタイヤをロックさせぬよう減速していく。
「「ズザァァ」」
池の辺に小さな波が押し寄せる。
40は先ほどとは打って変わってカタツムリのよう、とまでは行かないが、低速で池の対岸へ向かい走る。
池から一旦上がった40は車体の角から水が滴り落ちる。駒込は錆の事など頭に一切ないまま滴り落ちる水滴を振り切るように次のマッドステージへと車体を進めた。
『No,21番、護国高校、トヨタランドクルーザーBJ46V タイム、5分08秒。年代別車両優遇により結果からマイナス10秒引き、4分58秒!』
会場に放送が響く。そして一気に静まり返る。
「4分台...」
応急処置され、バンパーにガムテープが雁字搦めに巻かれた車の中でシートを倒しぼうっとしていた長崎が口を開ける。横から巣鴨が窓を叩く音がする。不機嫌そうな顔をしつつもすぐに窓を開けてやった。
「先輩。お気持ちは察せますが...少し様子見に行きませんか?」
一瞬長崎はためらう様な仕草を見せたが、礼も云わなければならないしもし車両に損傷があれば部長として考えなければいけないので行くことにした。
二人がゴール付近の車両点検用スペースに停めてある護国高校の紺色のランドクルーザーの周りに人が多くたむろしていた。その中から長崎は駒込を見つけ呼び止める。
「ほぼ優勝確定だな。おめでとう。そして何と云うか有難う...」
少し照れくさいようにも感じたし、恥ずかしいようにも感じた。
「しかしこれは一体何ごとだ?なぜこんなに人が車の後ろ側に回り込んでいる?」
車の方に視線を逸らす。
「実際回り込んだほうが話は早いです。まあ、こういった板金というか何と云うか、機械に強い長崎先輩や巣鴨なら分かると思います。」
云われた通り後ろに回り込むとマフラーが途中から無くなり直管状態になっている。マフラー周辺には煤のこべり付いた泥が付いていた。
「錆...?衝撃...?」
「錆、衝撃、どっちもです。」
水が多く混じっている泥を靴でこすりながら云った。
<休憩!>
休憩挟まないとやってけませんね!
今更って感じですが、名前を変更したい登場人物が結構います。
じゃあ、休憩終わり。
・・・・・・・・・・・
幌に大粒の雨が打ち付ける。水面にも大粒の雨が打ち付ける。それでも彼は我が校の名誉の為、ここで負けては先輩の面目に立たぬと進む事を止まない。
「モーグルじゃあまり良い走りはできなかったがここからがジープの本領だ。さあ行け!」
前後のアクスルが滑らかに地を這う。護国高校が所持している車両で唯一のターボエンジン、4DR5の音が大きくなる。車体は色が紺色なので泥はあまり目立っていないが幌まで泥が飛んでいるというのが分かる。
一気に減速をする。一旦スピードメーターを見、水面に侵入しても良い速度かを確かめる。車体が水に浸かり始めると徐々に加速する。車内には雨に打ち付けられたせいで濁った水が入ってくる。
池から上がると待っているのは泥濘地だ。道の途中には黒い煤の跡が付いている。そこから問題の岩の位置を察することができた。
「しかし、本当、駒込ってそういう所は凄いと云うか尊敬する。」
そう云い巣鴨は、靴に水が入らないようにとズボンとブーツの間に巻いていたテープを剥がす。
「まあでも、十分お前も技量はあると思うぞ。今回だってギリギリ枠に入らなかった感じじゃん。」
「そうかねぇ。」
スニーカーの踵を引き上げる。
「そう云えば聞いてなかったっけ?千早さんの事。」
「千早がなんだ?」
屈んでいる巣鴨を見下すような目線で云う。
「譲り受けてもらう車のこと。」
「ああ。あれか。」
「車種はジムニー1000、SJ40だと思う。聞いたところによると。」
駒込は険しい顔をした。
「なんだ?雲行の悪い顔して。」
「や、あの頃のスズキの4サイクルエンジンって当たり外れの差が激しいって聞いた事がある。バランスは良い車だそうだけど...」
「まあ、どっちみち林業所の車で酷使されているだろうし直さなきゃ使えないだろうな。」
「そうだな........まさかなー...。」
と云い腕を組む。
「何だまさかって?」
「何でもない。」
・・・・・・・・・・
「はぁ~、綺麗ですね。トロフィーって。」
由紀がトロフィーをまじまじと眺める。雨は止み、雲間からは黄金色の光が差し込む。
「でしょっ!」
千歳は満足気な笑顔を浮かべた。
「これから帰るんですよね。どれくらいかかるんですか?」
「家まで付くのにざっと二時間は見積もったほうが安心かな?」
千歳は苦笑いする。
「えっ?本当ですか?行きよりもかかる...」
甲高い声で咲が割り込む。
「咲は家遠いからね。大変だよね。」
「あー、家柄のせいで家がってパターンか。」
「はい。そのパターンです。」
溜息混じりに咲は云った。
「家まで送ろっか?私の家、門限ないし。」
「いやいや、そんなことしてもらわなくても結構ですよ。夕ご飯の買い物もしてかなくてはいけませんし。」
「いいよ。いいよ。咲ちゃんのお父さんにもお礼しなくちゃだし。」
「そうですか。ではお言葉に甘えさせて頂きます。」
咲は小さく礼をした。
その後、一年男子と長崎はランクルで。一年女子はジムニーで。駒込はジープで。巣鴨はランクルを載せたレンタルのトラックで東京へと戻った。
・・・・・・・・
「はーっ!林道とか走り慣れてる私でよかったね。じゃなければこんな道恐れて送るの辞める人もいるんじゃない?」
真っ暗な砂利道をゆっくりと登ってゆく。ナビは道を認識していない。千歳橋は一応、礼をする為に制服に身を包んでいる。
「何となく興奮しきった顔ですね。」
にっこり笑いながら云う。
「分かった?」
「分かりすよ~」
「咲ちゃんってまさかこの道を毎日のようにつかって登校するの?」
「そのまさかです。行きは自転車で一気に下って、帰りは山の麓まで自転車で行ってそこから近所の人につれていってもらったりするんです。自転車も一緒に。」
膝に抱えている袋の中の卵を見ながら云った。
「凄い。体力あるねー。自衛隊になれるんじゃない?そう言えば麓の駅って使わないの?」
「女性自衛官ってそんな重い銃とか持って訓練するんですかね?分かりませんけど。
麓の駅は使いませんよ。親になるべく節約するよう云われていますし、高い割には自転車で行ける距離ですし。遅刻しそうになったときつかったことありますけどね。」
「偉いね。努力家だね。」
少し真剣な表情をする。
「努力家...?ですか?
...たまに云われます。でも、自分はそういう積もりではないんですがね。人から見るとそうらしいです。まあ、私の小生、短い間でも色々ありましたし。」
少し低いトーンで話す。
「咲ちゃんも今まで辛いことがあったんだろうね。でも大丈夫だよ。あなたなら。」
咲は一瞬今までの自分の事を全て知っている亡き母と会った様な不思議な感覚に襲われた。泣きたくとも泣けない。泣きそうだけど泣かない。泣いてはならない。唯唯、黙って助けを求めた。そんな頃のような。
暫く車窓に映る真っ暗な木々を見つめていた。すると、ぽつんと小さな光が見えた。そこが咲の家である。
「あそこ?咲ちゃんの家。」
元の明るいトーンで千歳は云った。その声でふと我に帰る。
「そうです。そこの曲がり角左です。」
「了解。」
「「バン」」「「バン」」
車から降りた二人の前には大きな和風建築の家が建っている。暗闇の中でも建物の輪郭だけは分かる。咲が先導し、ガラガラと横開きの扉を開ける。
「ただいまー!」
明るい声で帰りを告げる。お帰りと遠くで声がする。
「お父さん居るー?」
すると、半ズボンに肌着一枚着た13、4歳の少年が着た。
「父さんならまだ事務所にいるよ。」
「そう。あっ。、優君また制服干してないでしょ!服装から予想つくんだからね。」
「悪い悪い。」
そう云い残したまま自分の部屋へ戻っていった。
「弟さん?」
「そうです。済みませんね。あんな格好で。後で注意しておきます。」
「咲ちゃんに何となく似てるような気がする。」
「えっ?」
少し顔が赤くなる。
「あーもー、上がってください。事務所中から行ったほうが速いので。」
早口になる。
薄暗い廊下を歩いてゆくと、如何にも増築した感じが漂うところに扉があり、咲はその扉をノックし開けた。
「お父さん。ちょっと...」
「ん?何だ?帰ってたのか。」
そう云うと、パソコンの画面と睨めっこしていたのを辞め咲の方へ行った。千歳の方を見ると、
「メールで云ってた先輩?」
と、咲に向けて云った。
「そう。部活の先輩。お礼が云いたいんだって。」
「そうか。」
「えっと、突然済みません。この度はお車を譲りいただくという事でお礼を云わさせて貰いに来ました。ほんのつまらない物ですが、部からの気持ちです。」
礼をすると、千歳は紙袋を手渡した。
「わざわざ悪いね。有難う。こっちからも何かしら出さないとなぁ。」
「いえいえ。結構ですよ...ただ少しお願いがあるのですが____
壁に取ってつけたようなスイッチを押すと蛍光灯が2、3回点滅しながら車庫と千歳橋と咲の父を照らした。
「この白い車なんだけどさ、もう余り役目は無いかなって思ってたところなんだよ。」
車庫に古いトラックと一緒に佇むその四輪駆動車は艶は無く、少し砂埃をかぶり、サイドシルやフェンダー、雨樋がやや腐食しているが実用車として使われていたとならば、かなり状態の良い個体だ。
「まだまだ使えそうな感じですね。」
千歳は車をまじまじと見つめながら云う。
「エンジンもちゃんと整備してたからまだ全然元気。」
そう云うと、ポケットから鍵を取り出しドアを開けてエンジンをかけた。全く異常のない音で、スズキ製エンジンらしい乾いた音を響かせる。
「乗る?」
「良いんですか?ではお言葉に甘えて。」
そう云うと、スカートを抑えながら車に乗り込みサイドミラーなどの調整をした後、少しエンジンを吹かした。NAエンジンらしい滑らかで比較的静かに4000回転まで回った。千歳が窓から顔を出す。
「まだまだいくらでも走れそうな車ですね。」
「そうだな。どこでもいけそうだな。どこでも活躍できそうだな___あのさ、こっちからもお願いがある____咲は今まで辛い経験を色々してきてしまったからさ、あの子が新しい世界に入って馴染めなくて落ち込んだりしていたら、その時はよろしく頼むよ___」
「はい。分かりました。」
咲の父の目を見、気丈に頷いた。
あとがき
毎度、有難うございます。かなり間が空きましたが、その間に各登場人物の性格や関係等を煮詰めることが出来ました。また文章も掲載当初よりは遥かにマシになっていると思います。
実は最後らへんはあまり長くするつもりではなかったのですが、この後の展開上、必要不可欠な場面だったので長くなってしまいました。
これからもっと掲載の間が空いてしまうと思いますが、ご了承下さい。極力期待は裏切らないようにしますので...
えっ?期待なんてしてないって??もっと頑張ります。
