2016年6月14日火曜日

【試作小説】次は四駆と何処に行く?part4 <第二章・小型と中型 中編 篇>

<中編>

他校の車両が泥濘地スタックし、走行不能状態に陥ったため、棄権をし引き上げ作業を行っている。そんな情報が千登世の乗るシエラの無線に入ったのは走順が回ってきた時だった。


「千早、無線頼む。カメラは切ってていいから俺はとりあえず引き上げ作業の手伝いをするから。」

そう言って、咲にカメラと無線機の必要性、扱い方、出場車両の説明をしていた駒込は無線機を投げ渡し、駆け足で沈みかけた車体の方へ向かった。

「「えっと駒込先輩から千早に無線機替わりました。」」

「「分かった。今のところ車体ってどれくらい沈んでる?」」

悪い音質でとても聞き取りにくい。しかも脱出作業でエンジンが呻いている最中という事が更に双方に聞き取り辛さを与えている。そんな中でもしっかりと受け答えはできている。

「「えっとタイヤの半分以上は埋まってます。ドアの下の部分までは埋まってないですけど...」」

「「そっか、分かった。ありがとう。」」

落ち着いた様子でそう言った後、無線は切れた。
しかし、千歳はかなり焦っていた。というのも、前走者は自分の運転する車と同じ、小型車クラスでは重量のある方のジムニーシエラだったのである。さて、同じ車で通れるのか、轍は仮補修的に埋められるとしても路面状況の下見したほうが良いのではないか。しかしそんな時間はない。では何をすれば良いか。さっきも状況を伝えてもらたが、いくら情報を集めたって、百聞は一見に叱らずと言うではないか...結局最終的に選んだのは自分の目と腕を信じる他になかった。しかし、疑心暗鬼であることには間違えなく、正直まだ心の整理は終わってはいない。
自分は心の整理ができていると思い込ませ終わったあと、丁度無線が入って、路面の仮埋めも終わり、競技再開の報告が入ってきた。

「とりあえず完走することを目指しましょう。」

そう駆け寄って言ったのは由紀だった。

「うん」

「そう言えば、大塚先輩からの伝言なんですけど、相手はオートマだった少し訳が違うので安心してくださいとか言ってましたけど...何の役に立つんです?」

「えっ!?それホント!少し肩の荷は降りた気がする。ありがとう。」

「私にはちょっとわからないですけど、まあ、お役に立てたということで...どういたしましてです...」

由紀は少し困ったような顔をしてそう言い、もうすぐ走り出すということもあって、自分の持ち場へ帰っていった。

これは行ける。と千歳は確信した。そして切ってあったエンジンを再びスタートさせ、ニュートラルから二速にポジションを入れ、信号機が赤から青になるまで待った。

ド、レ、ミの音の「ミ」が鳴った瞬間信号は青に変わり、それと同時にエンジンの回転数が上がる音がし、タイヤが地面を蹴り上げる。車体は後方に傾いたが、回転が安定すると共に安定した姿勢を取り戻した。
ストレート、カーブ、モーグルをしなやかに突破してゆく。
大モーグル手前の副変速機切り替え区間で一時停止し、4WD-Hから4WD-Lにボタンを切り替える。これによって最大約40倍減速を手に入れることができる。
勿論最大減速を手に入れられる一速を使いモーグルへ入ってゆく。エンジン音よりもギアボックスからの音が上回る。脚はコイルスプリングらしくしなやかに動き、タイヤの性能が良いという理由もあるがストロークの範囲内ならしっかりと接地してくれる。小型車では姿勢はかなり安定したほうだ。
しかし、パワーについては最大40倍減速では足りないこともある。そこはクラッチの名手と言われるだけあり、千歳は半クラッチを上手く使いモーグルを切り抜けた。
その後、ヒルクライムを抜けた後の第二副変速機切り替え区間までは二速、三速を使い、ハイギヤードな恩恵も受け、最高タイムを記録した。トランスファーを高速に切り替えたあとも順調に車を進める。

・・・・・・

「あっ。来ましたよ。」

マッドエリア地点にて、咲は200mの池を渡り終えて、車体の隅から水が滴り落ちる、こちらを目指してくるシエラを指さしながら駒込に言った。

「フーン。文化祭で使うらしいからちゃんと撮っとけー。」

先ほどの救出で疲れたからと言い、咲にサービスエリアまで取りに行かせた椅子に座り、SNSでもやっているのだろう、スマホの画面に集中しながら無愛想に返答した。その様子を見て当然の如く嫌気がさした咲は

「私、何か気に食わないことでもしましたか?もしそうだとしたらちゃんと直しますけど。」

と、優しく投げかけた。すると、顔をこちらに向け、横目で咲を少し見て答えた。

「そんな事はない。後輩はあまり得意でないだけだ。それよりもカメラに集中しろ。」

「そうですか。ならいいです。それが先輩の性格なのでしょうし。」

先ほどとは違い、ドライな感じに応えた。
この時、咲は心底駒込を嫌った。カメラなんてさっさと切って、この場を離れて由紀にのもとに行きたいものだった。しかしこれは今、先輩の為、部活動のために撮ってと言われ撮っているいるものである。わざわざこんなクソ人間の為に自分が約束を破るというのは我が身が許さない。そして、もうそんなことは考えないで、カメラの小さな画面に集中した。

「ブロロ...

泥を巻き上げ、速度を落とさないよう走ってゆく。後ろ姿は砂埃や泥が付いて、ナンバープレートまでもが見えない状態にある。心配されていた轍も、意外というべきか、問題はなかった。

マッドステージを抜けた泥と埃まみれのジムニーシエラは500mのカーブを全力で走り抜け、ゴールへとたどり着いた。
タイムは何と5分13秒21!現時点では1位だ。ゴール地点で待っていた長崎と、1年男子部員2名は喜んでいたが、そのタイムを叩き出した由紀には一つ気がかりなことがあった。

       よねだか
『No,7 米鷹女子大学附属高等学校 スズキサムライSJ413 運転手は英山那都選手です。』

アナウンスが流れる。それに気づいた長崎が

「嘘だろ!なんでバカデカいアメ車しか扱わないあの強豪高校が小型車枠に...小型車枠を殺しにかかってるのか?つーか逆輸入車ってありかよ。」

と驚く。

「逆輸入車がいけないなんてルールはないわ。因みにあのサムライは元々日本の工場で造られたものだから逆輸入じゃなくて出戻りって言ったほうが正しいんじゃないかな。というか、それ以前にエントリー表ちゃんと見たの?」

真剣な顔をして長崎に問い掛ける。

「いや、自分の位置を確認したくらい...」

「よくそんなんで部長務まるわね。逆にあなたを尊敬してしまうわ。」

「同級生にはきついよな。お前って。」

「いや、別にそんなことはないって。そもそもあんたがしっかりしていないのが悪いのよ。それよりも早く車をサービスパークに持ってて。ハイ、これ鍵。」

鍵を投げ渡す。

「ハイハイ。分かりましたよ。済みませんでしたと。んで、とりあえず走ってアジアラリーの切符をとればいいんでしょ。分かりました分かりました。簡単なことですねぇ~。」

「いきなりどうしたの?やけくそは一番良くないわよ。」

「そうだね。ゴメン、ちょっと緊張からかわからないけれど狂ってみたかっただけ。あと朝早かったから疲れてる。」

「そっかー。じゃあサービスパークのクーラーボックスに私が飲む予定だったエナジードリンクあるからそれ飲んでから行きな。私からの奢り。」

「サンキューです。」

大丈夫かな、長崎...そんなことを思いながら、1年男子を引き受け、泥と埃まみれのシエラの後ろ姿を見送った。

・・・・・・

「いやーあの走り方は違うでしょ。」

小声でそんなことをつぶやいているのは巣鴨だった。
彼がなぜそのように思うのかというのは、サムライの走り方ではない、這う走りをしていたからである。「これは絶対大した結果は出ない」と確信した巣鴨は見ててもさして面白くないのでサービスパークに戻る事にした。

「戻りましたー」

サービスパークに戻ると、洗車場で長崎と由紀がシエラを洗っていた。

「おっ!ちょっと手伝って。早く本部に行きたいから。」

巣鴨に気づいた長崎が呼び止める。

「分かりました。」

「そうだ、米鷹のサムライってやっぱり強い?」

急に話し掛けてくる。

「言っちゃ悪いですけど扱い方を間違えてます。なので多分大した結果は出ないと思いますよ。」

「そっかー。ある国の車種に固着している学校って例え強くてもそういうこともあるんだろうね。」

「そうですね。でも日本車は固着してもそういうことはまず起き難いのが利点だったりしますよね。」

「なかなか上手いこと言うね。」

感心した様子で言った。

「とりあえず後ろは終わりましたよ。」

由紀が報告する。

「こっちも終わりました。」

巣鴨も続く。長崎も丁度終わったところだった。そこで気づく。

「そうだ、巣鴨って飯担当だよね。もうその時間じゃない?」

長崎が時計を見て思い出したように言う。それについて巣鴨は、

「そうですね。でも僕、料理できませんし...と言うか今の2,3年で料理マトモに作れる人っていませんよね。基本ウチの学校は食料はご飯を炊くのが専門って割り振りで決まっていますし。」

「白米だけっていうのもねぇ。この部活ってホント不思議だよね。で、そんなのよりも大切な材料はどんな感じなの?」

「貯蓄庫にあった一ヶ月賞味期限が切れたカレーのルーと近所の人からもらった人参とかの具を持ってきました。まだランクルに積んであります。」

「あっ!先輩。咲なら料理かなり上手ですよ。」

突然京子が口を挟む。

「やっぱそうなんだ。なんか見かけ通りだな。じゃあ今のうちに呼んで作ってもらったほうがいいね。」

「でも千早さん、撮影に回っているじゃないですか。」

「別に俺のを撮ったって意味ないでしょ。もう俺よりも運転の上手い千歳の撮ってるんだし。だからもういいって無線で連絡して。」

「あー、はい。分かりました。」

巣鴨は早速ランクルに乗り込み、無線機で千早と、ついでと言ったところか、駒込も戻るよう伝えた。
数分後、咲は折りたたみ式の椅子を肩に抱え、片手には三脚に付けられたままのカメラを持ちながら駒込と一緒に帰ってきた。それを見た巣鴨が、

「お前、後輩にそんな荷物持たせといて自分は何も持たないっていうのはないだろ。しかも相手は女子だぞ!どうせお前みたいな奴は自分から持てと頼んだんだろ。ホントクズだな。」

と、怒鳴る。それに対し、駒込は「ハイハイ」と言うだけだった。その態度をみて巣鴨は彼の顔面を一発殴りたいと思った。

「巣鴨先輩。別にそれは頼まれてそれを承諾したのは私ですし大丈夫です。あんまり感情的にならないで下さい。」

咲のその言葉で仕方なく殴りたいという気持ちを腹の底に沈め、昼食づくりを自分も手伝う事にした。

その様子を見つつも、車体の最終点検をしていた長崎が、

「じゃあ、行ってくる。くれぐれも喧嘩のないように。安全第一で。火を扱う人もいるわけだし。」

言葉を区切れ区切れに長崎が車の窓から顔を出して言う。

「了解です。先輩も学校のためによろしく願います。」

言葉で返す代わりに親指を立てて了解する。直後に長崎の操る水滴の残るジムニーシエラは本部近くのスタート地点に向かって、ゆっくりと車を進めていった...

・・・・・・

‘‘千歳が1位に入ったとしても、それでアジアラリーに参加できると確定したわけではない。これを最後の戦いにさせるわけにはいけない!’’

よく「能天気、単純、それなのに何で頭いい?先の見通しが本当に付いているのか?」と言われる長崎もこの時ばかりは緊張していた...

「ブロロロ...

アクセルを強く踏み込むと同時にジムニーシエラは砂埃を巻き上げ200mのストレートを軽快に走り出した。

あとがき
まさかの「中編」で投稿です。後半としてこの試合の話を終わらせるつもりだったのですが、色々とこのあとの話の展開の事を考えると、第2章は大切な章になってきて...とりあえず後編で第2章の話は終わる筈です。
そう言えば、この回で徐々にキャラが固定されてきました。自分的にはそれができて一安心です。

それでは有難うございました。                 
次回も読んでくれる人がいたら嬉しいですね...

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